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大阪地方裁判所 平成元年(ワ)8322号 判決 1998年5月15日

主文

一  原告は、被告に対し、一六四三万二四三二円及びこれに対する平成三年六月二一日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  原告の本訴請求及び被告のその余の反訴請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、本訴反訴ともに、これを一〇分し、その四を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

理由

第一  請求

一  本訴

被告は、原告に対し、六〇九〇万八九八八円及びうち一九二九万五五一八円に対する平成元年三月一一日(弁済期の翌日。以下同じ)から、うち二三〇二万〇三七八円に対する同年四月一一日から、うち一五八五万九八五二円に対する同年五月一一日から、うち二七三万三二四〇円に対する同年六月一一日からそれぞれ支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  反訴

原告は、被告に対し、一億六〇〇〇万円及びこれに対する平成三年六月二一日(反訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  本件は、原告が、被告に対し、被告から委託された新聞折込広告の配布を取り次いだことに対する広告代金の未払分六〇九〇万八九八八円及びこれに対する商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求めたのに対し、被告が、折込広告の発注の基礎資料である新聞折込広告部数明細表(以下「部数表」という。)の数値に水増しがあったとして、契約の無効(独占禁止法違反、錯誤、原始的一部無効)、あるいは、部数表提示義務・説明義務等の違反を理由とする債務不履行ないし不法行為に基づく損害賠償請求権、不当利得返還請求権を自働債権とする相殺等を主張して、原告の請求を拒んだ上、被告は、原告の右債務不履行ないし不法行為により損害を被ったとして、原告に対し、一億六〇〇〇万円及びこれに対する商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

二  前提事実(証拠の記載がないものは争いのない事実である。)

1  (当事者)

(一) 原告は、広告代理業等を業とする株式会社である。

(二) 被告は、毛皮製品の売買等を業とする株式会社である。

2  (基本契約)

原告は、昭和六〇年八月一日、被告との間で、将来継続して、被告が原告に対し折込広告の取扱を委託し、原告がこれを受託し、被告が原告に対し、広告代金を支払うことなどを内容とする新聞折込広告取扱契約(以下「本件基本契約」という。)を締結した。

3  (個別契約)

原告は、本件基本契約に基づき、昭和五九年七月分から平成元年三月分まで、別紙三記載のとおり、被告から新聞折込広告の発注を受け、これを新聞販売店に配送し、折込配布を依頼した。

4  (広告代金の支払状況)

被告は、右基本契約及び個別契約に基づき、原告に対し、別紙一記載のとおり、昭和五九年七月分から昭和六三年一二月前半分の広告代金として合計五億一九八四万三七五九円を支払った。

しかし、被告は、別紙二記載のとおり、昭和六三年一二月後半分から平成元年三月分までの広告代金合計六〇九〇万八九八八円を支払っていない。

5  (折込広告の印刷代の支払状況)

被告は、昭和五九年七月分から平成元年三月分までの折込広告の印刷代として、印刷会社に対し、別紙三記載のとおり合計五億二四一二万四六九二円を支払った。右のうち昭和六三年一二月前半分までの分は、別紙一記載のとおり合計四億七一一四万四三六一円である。

第三  当事者の主張

一  基本契約の内容

1  配布義務

(一) 被告の主張

(1) 被告が原告と契約した目的は、被告の折込広告を各家庭に戸別配布することにある。

(2) そして、原告の営業担当者は、部数表の数値を各家庭に配布する部数と認識し、被告ら顧客には「正確な部数を把握して表示しているので一枚の無駄もなく配布」するということをセールスポイントに営業してきた。そして、原告と被告との間では、部数表に基づいて発注すれば、部数表どおりの枚数の折込広告が折込配布され、消費者の目に触れるということが共通した認識であり、合致した意思内容であった。

(3) そこで、被告は、原告から受領した部数表に基づいて、被告の指定する日時に、被告の指定するデザイン、サイズの折込広告を、被告の希望する地域へ宅配することを発注し、原告はこの配布を引き受けるとの合意をした。

(4) 契約書の第二条には、「乙(原告)は甲(被告)からの発注に基づき、(折込広告を)配布するものとする。」と記載されており、原告の債務は、チラシを配布することまでであることが明記されている。契約書の第五条は、債務の内容を定めたものではなく、直接業務の範囲と責任の負い方を定めたものにすぎない。

(5) よって、原告は、被告の委託に基づき、折込広告を新聞販売店に配達し、新聞販売店に折込広告の配布を依頼する義務のみならず、折込配布を約束した枚数の折込広告を各家庭に折込配布する義務を負っている。

(二) 原告の主張

(1) 本件契約の解釈にあたっては、原告の業務の実態、当事者の意思、契約書の記載内容についての考察が不可欠である。

(2) (原告の業務実態)

広告業者は広告主から折込広告の発注を受け、広告主から預かった折込広告を指示された新聞販売店に指示された日に配送し、その新聞販売店に折込広告を新聞に折り込んで各家庭に折込広告を配布するよう委託することをその業務としている。広告業者自身が折込広告を新聞に折り込んだり、各家庭に配布するようなことはしていないし、それができる人的組織も物的設備も持っていない。また、新聞への折込広告の折込や各家庭への折込広告の配布は広告業者とは別個独立した事業者である新聞販売店の業務であり、広告業者はこれを具体的に指示・監督することができない立場にある。そして、広告主である被告も、右のような広告業者である原告の業務の実態を十分に知っていた。

(3) (当事者の合理的意思解釈)

そして、原告は自ら折込広告の折込・配布を一切行わず、また、折込配布業務に関して新聞販売店に対し具体的に指示監督することができない立場にあるという右(2)で述べた広告業者の実態からすれば、原告がこのように自ら行わず、また、責任を持つことができない業務を引き受けるわけがないし、被告も広告業者の業務の実態を知っていたのであるから、原告が行っておらず、責任を持つことができない業務を原告に委託するわけがない。

したがって、当事者の意思を合理的に解釈すれば、原告は自己が担当し、担当可能な業務のみを引き受け、他方、被告も原告が担当し、担当可能な業務、すなわち、被告から預かった折込広告を被告から指示されたとおり新聞販売店に配送し、その新聞販売店に折込広告を折り込み、各家庭に配送するよう依頼することを委託したものと解釈するほかない。

(4) (契約書の解釈)

そして、契約書第五条には、「乙(原告)は、甲(被告)より受けたチラシを指定新聞販売店に届け、之を折込依頼するのが直接の業務である。」と記載されており、これは右に述べた原告の業務実態と当事者の合理的意思解釈に合致している。

なお、契約書第二条には「乙は、配布する。」との記載があるが、これは原告の業務が折込広告の配布を行う業務の一環に属することを抽象的に記載したものにすぎず、折込広告の配布過程のうちで原告が具体的に負担する債務は第五条で明記され、これをもって両当事者が了解したものと解されるべきである。

さらに、第五条では、新聞販売店に委託した以降の瑕疵については、原告は当事者ですらなく、被告の代弁者として解決のための努力義務を負うにすぎない。これは原告が新聞販売店に配送し折込配布を委託したことによって既に債務を完全に履行したことを示している。

このように、第五条の文言からすれば、原告の業務内容は折込広告を新聞販売店に届け、折込を依頼することにつきる。

(5) 以上によれば、原告の債務は、被告から預かった折込広告を被告の指示に従って各新聞販売店に持ち込み、新聞に折り込んで、各家庭に配布するよう依頼することであって、被告が発注した部数の折込広告全てを配布する義務までは負っていない。

2  部数表提示義務

(一) 被告の主張

(1)(基本的債務ないし従たる債務)

原、被告間でされる折込広告の取扱の具体的な手続(個別契約の締結過程)は以下のとおりである。

<1> 原告は、毎年一〇月ころ、被告が折込広告を配布する冬の毛皮シーズンの到来前に、被告に対し、原告が作成した府県別の部数表の最新版を交付する。右部数表中には、市区郡別に新聞販売店名、取扱新聞名、各新聞販売店における取扱部数が記載されている。

<2> 被告は、右部数表によって、折込可能な戸別配達先が何軒あるかを知り、それを前提として、他の民力等の資料を用いて、商品の種別、広告予算等を勘案して、折込広告の配布地域、配布部数などを決定する。

<3> そして、被告は、右決定に基づき、被告の支店ないし催事場所ごとに配布する折込広告の総配布枚数、折込広告のサイズ、配布日を記載したチラシ枚数表(以下「枚数表」という。)を作成し、原告に送付する。

<4> 原告は、枚数表に記載された被告の支店ないし催事場所ごとの総枚数を、部数表に記載された各新聞販売店に割り振り、割振りを終えた部数表(以下「割付表」という。)を被告に送付する。

<5> 被告担当者が右割付表の内容を了承すれば、割付表の内容に従って具体的に折込広告取扱契約の内容が定まり、個別契約が成立する。なお、被告が、右割付表の内容を了承しなかった場合は、適宜修正を加えるなどして、再度、割付表を作成することになる。

<6> 成立した右個別契約の履行として、原告は折込広告を新聞販売店に配送し、折込を依頼する。

以上からすれば、部数表は個別の新聞折込契約締結に必要不可欠なものであって、被告は、原告が部数表を提示するものとして本件基本契約を締結している。そして、右部数表は適正なものでなければ意味をなさない。

よって、原告は、被告に対し、適正な部数表を提示する義務を負っている。

(2) (黙示の合意)

被告は、原告に対し、本件基本契約を締結したころ、個別の折込広告を発注するため部数表を提示することを申し入れ、原告はこれを承諾した。

この合意は、本件基本契約がいつまで存続するか不明なため、明示のものとしては昭和六〇年度の最新の部数表について行われたが、本件基本契約存続中は被告の求めに応じて部数表を提示するとの黙示の合意があった。

(3) (慣習の存在)

仮に、右の合意が認められないとしても、継続的な折込広告取扱契約を締結する場合、折込広告業者は、部数表を広告主に提示するという事実たる慣習があり、原告と被告も同慣習に従って、部数表の授受をしていた。

(二) 原告の主張

(1) 部数表提示義務の不存在

原告が、被告に対し、被告が折込広告を行うにあたっての資料として部数表を提供していることは認める。しかし、これは被告が折込広告の発注枚数を決める際の参考資料を提供するというサービスであって、部数表を提示することは原告の債務ではない。

すなわち、被告は、原告から受領した部数表のとおりではなく、部数表とともに、民力、世帯数、被告店舗からの情報などを参考にしながら、独自の判断で、配布地域、配布枚数を決定し、右決定に従って折込広告を発注し、原告がこれを承諾することにより個別契約が成立していた。

このように、部数表は配布枚数を決める際の数多くの参考資料の一つとして使用されていたにすぎず、契約に必要不可欠なものとはいえないし、また、その使用は契約成立前に既に終了しており、契約成立後に、契約上の債務として、原告が被告に部数表を提示する債務があるのかといった問題は生じる余地がない。そして、契約書にも、原告に部数表を提示する義務があるなどとの記載はない。

以上からすれば、部数表は、あくまで原告が被告にサービスとして提供しているものにすぎないのであって、原告が被告に対し部数表提示義務を負うということはない。

(2) 部数表は適正である。

仮に、原告が、部数表提示義務を負うとしても、以下に述べるように、原告が被告に交付した部数表は適正な数値が記載されたものであった。

<1> 関西地区には、折込広告業者の団体として近畿折込広告組合(以下「広告組合」という。)があり、原告を含め現在二五社が加入している。広告組合は、加盟している各広告業者から、各新聞販売店における新聞取り紙部数(注文部数)の報告を受け、各新聞販売店ごとの取扱部数を記載した折込部数表(新聞折込資料表。以下「折込資料表」という。)を作成する。

<2> 広告組合は、右折込資料表を作成するにあたって、部数の数値の調整を行う。なぜなら、各新聞販売店における新聞の取扱部数には日々増減があること(新聞購読世帯の変動)、印刷会社が印刷物を梱包する際、折込広告の部数に誤差が生じる場合があること、広告業者が各新聞販売店に折込広告を持ち込む際、大量の折込広告を短時間で処理することから誤差が生じる場合があること、各新聞販売店において折込広告を新聞に折り込む作業が行われるが、その際、重複や破損等により誤差が生じる場合があること、部数表上、各新聞販売店の新聞取り紙部数を一〇〇部単位で整理するため、全家庭に折り込むためには端数は切り上げざるを得ないことなどの理由から、部数の数値の調整を行わなければ、折込広告を各世帯に「くまなく配布」することができなくなるからである。

<3> 広告組合は、折込資料表の部数の数値の適正さを担保するため、社団法人日本ABC協会(以下「ABC協会」という。)が発行する「特別資料 府県市区・新聞部数と普及率」(以下「ABCレポート」という。)に記載されている府県別の販売部数(以下「ABC部数」という。)に府県別に一〇五パーセント台の範囲内で、各販売店における取扱部数を一〇〇部単位で整理し、数値の調整を行って、折込資料表を作成している。このようにABCレポートを基礎にして上限数値を設定した上で折込資料表が作成されているのは、各広告会社が新聞発行社から得る部数情報はその正確性を確認する術がなく、新聞雑誌の販売部数を公査、認証し、公表する機関であるABC協会によって公査されている部数情報が最も信頼性が高く、公正なものであるため、これを利用することにより、部数表をできるだけ正確なものとし、ひいては広告主の利益を保護するためである。

<4> そして、原告が被告に交付する部数表は右折込資料表の様式を変えただけで、部数表上の数値は折込資料表記載のものと同一である。

部数表は、以上に述べたような手続を経て作成されているのであるから、その内容は適正なものである。

(三) 被告の反論

(1) 調整率を設定することに合理的な根拠は存在しない。被告は、そもそも、折込広告を「くまなく配布」することを求めていない。

(2) 部数表は「販売店部数」(有代部数。取り紙数)を基準として作成されている。ここでいう「販売店部数」とは、新聞発行社が新聞販売店に対し新聞代金を請求する部数のことであるところ、販売店部数中には、現実に宅配される部数(戸別配達部数。宅配部数)以外に、新聞販売店が配達中に生じる新聞の破損・汚染、配達ミス等の事故に備え、新聞社から有償で買い取る「予備紙」、ホテル、コンビニエンスストアなどに対しある程度まとまった部数を一括して販売する「一括売り」、新聞販売店の店頭で販売する「店頭即売分」、新聞社の拡販競争の結果、各新聞販売店の顧客への頒布部数以上に新聞社から新聞販売店に送付され、代金を回収される「積み紙」、「押し紙」が含まれている。ところが、「予備紙」「一括売り」「店頭即売分」「積み紙」「押し紙」には、折込広告は折り込まれない。そうすると、販売店部数を基準として作成された部数表が適正であるとはいえない。

(3) ABC部数を基準とすることは不合理である。ABC部数は折込広告とは広告露出される部数に差異がある新聞紙上広告のためのものであるから、このようなABC部数を基準として部数表を作成することには合理性がない。

(4) ABC部数に調整率を乗じて部数調整の上限値を設定する際、府県単位で調整しているが、ABCレポートには市区別の部数も記載されている以上、市区別に調整する方が合理的である。

(5) 調整率の数値を一〇五パーセント台とすることにつき合理的な根拠の説明が存在しない。

(四) 原告の再反論

(1) 折込広告は、全家庭にくまなく折込できることが最大の特徴であり、他の広告媒体よりも優れた点であるから、折込部数を決定するにあたり、全家庭に配布することができるような部数を設定する必要がある。くまなく配ることを求める広告主が原則である以上、くまなく配るという目的が達成できるように、数値の調整をした部数表を作成することが合理的である。

(2) 「予備紙」の数量は微々たるものである。

「一括売り」をしているのは特定の地域に存する一部の販売店であり、大多数の販売店は戸別配送のみを行っている。したがって、一部の販売店が一括売りをしているからといって、ABCレポート記載の部数から一律にカットして部数表を作成することはかえって不合理である。そして、宅配分中に企業等にまとめて販売されるものが含まれるとしても、そのような新聞販売店は特定の地域に集中しており、被告は、そのような地域にも折込広告を折り込むか否か、折り込むとしてその発注部数をどうするかを決めるのであるから、不合理なものではない。

「店頭販売分」はあるとしても極く僅かである。

「積み紙」あるいは「押し紙」は極めて例外的な事例にすぎない。

(3) 行政区画と各新聞販売店の配達エリアとは必ずしも一致していない以上、各市区別の部数を利用することができず、府県別の部数を使用せざるを得ない。

(4) 調整率の数値は、広告業界における経験、とりわけ広告主から苦情が来ないというラインで設定されており、不合理なものとはいえない。

3  部数調査義務、部数表改訂義務

(一) 被告の主張

原告は、適正な数値を記載した部数表を提示すべき義務を履行する前提として、適宜、新聞販売店の宅配部数を調査し、部数表を改訂すべき義務を負っている。

(1) 原告は、新聞販売店あるいは原告と資本関係、人的関係等において密接な関係を有する系統の新聞社から宅配部数の情報を入手して、適正な部数表を作成することができる。また、正確な宅配部数の情報を入手することができないとしても、原告は、新聞社、ABC協会、新聞公正取引協議委員会(以下「中央協」という。)、支部新聞公正取引協議会(以下「支部協」という。)が保有している情報から、宅配部数を推計することにより、適正な数値を調査することができる。これに対し、広告主はこの種の情報を入手することはできない。だからこそ、広告主は、広告業者に報酬を支払って、折込広告の取扱を依頼しているのである。以上からすれば、広告業者である原告は、新聞販売店の宅配部数を調査し、部数表を改訂するべき義務を負う。

(2) また、原告は、新聞社から宅配部数を入手するとか、ABC協会が発行する「月刊レポート」を使用するなどの方法で、宅配部数の変動に対応した部数表を作成することは極めて容易であるから、部数表の作成を年二回にする合理性は存在しない。

(3) そして、部数表にも、「年四回の改訂を行い、折込部数の正確さを期しています。」と記載しており、このような記載をしながら、戸別配達部数の調査が困難であると主張するのは信義則に反する。

(二) 原告の主張

新聞販売店からの自己申告による情報では正確性に欠けるなどの理由で、広告組合において部数表を作成するようになった経緯からして、原告が新聞販売店に直接問い合わせて宅配部数の情報を入手することは無理である。そして、仮に、新聞販売店から宅配部数についての情報を集めるとしても、宅配部数の正確性を具体的に担保する方法がない上、膨大なコストを要し、そのコストは広告代金に反映する結果広告主の負担となる。

新聞発行社は、広告業者とは組織的にも実際的にも全く独立した関係にあるし、広告業者に部数を告知すべき義務はない。また、そもそも新聞社も新聞販売店からの注文部数は把握しているものの、宅配部数までは把握していない。これらのことからすれば、原告が、新聞社から宅配部数の情報を得ることは困難である。

新聞社が保有する新聞販売店の宅配比率の情報、ABC協会の保有する宅配部数の情報、中央協、支部協の保有する情報から宅配部数を推計して部数表を作成することも無理である。なぜなら、そもそもそのような情報は存在せず、情報を自由に入手できるような関係にもない上、支部協は日常的に宅配部数を調査しているわけではないこと、支部協の調査結果も支部協の委員以外に公開してはならないことになっているからである。

以上のとおり、現在行われているABC部数を基にして部数表を作成する方法より適切な方法が存在しない以上、現在の部数表の作成は合理的なものである。

4  説明義務

(一) 被告の主張

宅配折込広告という性質上、原告は、部数表には新聞の各家庭への宅配部数を示すべきであり、仮に部数表の部数が各家庭への宅配部数と違っている場合には、広告主たる被告が不測の損害を被ることのないように、その程度及び理由を明確に説明すべき義務がある。

そして、具体的には、<1>部数表の基礎となった数字は取り紙数であること、<2>部数表に記載されている部数は取り紙数に調整率を乗じ加算していること、<3>調整率数、<4>右調整率の範囲内で調整を行うことの根拠及び理由を説明すべきである。

ところが、原告は、被告に対し、部数表に記載された各新聞販売店の取扱部数は戸別配達されるべき世帯数であると説明した。

(二) 原告の主張

原告が説明義務を負っているとの被告の主張は争う。

原告は、被告と契約した時から、被告に対し、部数表はすべての家庭に配布するために、実際の宅配部数よりも多めに設定されていることを説明している。しかも、部数表の数字はすべて一〇〇部単位で整理されており、実際の新聞販売部数とは異なることは一目瞭然であるから、被告もこれを承知のうえで、原告に対し本件発注をし、かつ、被告において広告効果を考慮して、ある部分においては部数表の部数よりも減らして発注している。

二  部数表の数値と実配部数との差について

1  被告の主張

部数表に記載された数値のうち二割が戸別配布されない水増しであった。

2  原告の主張

部数表に二割の水増しがあることは否認する。

三  広告代金の算定基準及び支払期日

1  広告代金の算定基準

(一) 原告の主張

折込広告が実際に配布された部数を調査することは不可能であるから、被告が原告に対し支払うべき広告代金の額を実配部数を基準に算定することはできない。広告代金の額は、被告が原告に対し折込広告の配布を依頼した部数に折込広告単価を乗じたものである。

そして、原告は、被告から預かった折込広告を新聞販売店に持ち込み、各家庭へ配布するよう依頼するのであるから、新聞販売店に持ち込んだ折込広告の枚数を基準に広告代金を徴収することは妥当であるし、かかる算出方法は業界の慣行でもある。

また、一〇〇枚単位で発注しなければならないことや破損が生じたりすることなどから宅配されない折込広告があるとしても、それは迅速かつ低廉で、しかもくまなく配るという折込広告のメリットを広告主が受けることから不可避的に生じる負担である。

(二) 被告の主張

広告契約が消費者への広告の到達を目的としている以上、被告が支払うべき広告代金の額は新聞販売店が実際に折込配布した折込広告の枚数に単価を乗じて算定された金額である。そして、原告は、前記二のとおり、二割の折込広告を配布していないので、本訴請求額のうち二割相当額一二一八万一七九八円については広告代金請求権は発生していない。

2  支払期日(遅延損害金の起算日)

(一) 原告の主張

契約の当初においては、毎月末日締め、翌々月一〇日に六〇日後の満期の手形をもって広告代金を支払うとの約定であった。

しかしながら、被告の支払状況が悪化したため、本訴請求分については、毎月二〇日と末日の二回締めとし、二〇日締めのものは翌々月の一〇日、末日締めのものは翌々々月の一〇日に現金で支払うとの約定になった。

(二) 被告の主張

毎月末日に締め切り、折込広告代金の累計額を翌々月の一〇日に、起算日を同日、満期日を起算日から三か月後、被告を振出人、支払場所を兵庫県氷上郡氷上町の金融機関(中兵庫信用金庫)とする約束手形で支払うとの約定であった。

四  媒体手数料制度による広告代金請求権の不存在

1  被告の主張

広告業者(原告)は、広告主(被告)に対しては、広告露出の取次をしたことに対する報酬を、媒体社(新聞販売店)に対しては、広告募集の業務を行ったことに対する報酬(広告代金)をそれぞれ請求することができる。

ところが、広告業界においては、広告業者が媒体社(新聞販売店)に対し、広告料金(媒体社の広告露出行為に対する報酬)を支払うにあたって、自己の手数料を相殺し、後日、広告主に対し報酬(広告代金)を求償し、広告代金から媒体社に支払った報酬を差し引いた額を、手数料として現実に取得するという慣行(媒体手数料制度)が存在する。

右制度の下においては、媒体社(新聞販売店)が、広告業者から委託された広告露出の一部しか履行していない場合には、広告業者は、露出した部分に相応する広告代金相当額しか広告主に対し請求することができない。

そして、前記二で主張したとおり、被告が原告に対し発注した折込広告のうち、二割に相当する部分は、現実に広告露出されなかったのであるから、本訴請求額のうち二割にあたる一二一八万一七九八円について報酬債権は発生しない。

2  原告の主張

争う。

五  準問屋としての履行担保責任

1  原告は準問屋か。

(一) 被告の主張

原告は、新聞販売店との間の広告委託契約を自己の名をもって、かつ、広告主である被告の計算において締結した。

よって、原告は準問屋である。

(二) 原告の主張

原告はいったん準問屋であることを認めたが、それは契約の法的性質という法律上の意見の陳述であるから「自白」にはあたらないし、また、それは真実に反する陳述で錯誤に基づいてしたものであるから、その自白を撤回し否認する。原告は、被告の名において各新聞販売店との間で折込広告の配布を取り次いだのであるから、準問屋ではない。

2  原告が履行担保責任を負うか。

(一) 被告の主張

原告は準問屋であるから、被告に対して履行担保責任を負う(商法五五八条、五五三条)。

したがって、原告から広告露出を引き受けた新聞販売店が折込広告の一部を家庭に折込配布していない以上、原告は、被告に対し、折込配布をしていない分の広告代金を請求することはできない。

(二) 原告の主張

(1) 準問屋であっても、「別段の意思表示または慣習あるときは」履行担保責任を負わないとされている。

そして、前記一1(二)のとおり、広告事業の沿革、業務実態からして、原告には各家庭にまで折込広告を配布する義務はないから、商慣習により、原告の履行担保責任は免除されている。

また、原告と被告との間でも、原告が折込広告を配布する義務はないことが合意されている。

よって、原告は、被告に対し、履行担保責任を負わない。

(2) 準問屋が履行担保責任を負うのは「相手方がその債務を履行せざる場合」である。

ところが、「相手方」である新聞販売店は、原告が配送した折込広告を各家庭に配布して、その債務を履行した。この点、被告は、原告には被告から預かった折込広告を一枚残らず配布する義務があるとの前提のもとで、原告に履行担保責任があると主張するが、前記一1(二)のとおり、原告はそもそもそのような義務を負っていない。

(3) 原告が準問屋であるとしても、原告と被告との間では、契約書第五条にあるように、「原告は被告より受けたチラシを指定新聞販売店に届け、これを折込依頼するのが直接の業務である。」「したがって、直接業務に対して原告の間違いにより万一事故あるときは、原告の責任とする。」と規定されており、逆に言うと、直接の業務以外のことについては、原告は責任を負わないとされているから、原告は履行担保責任を免除されている。

(4) 本件契約による原告の利益は微々たるものであり、この点からも、原告と被告との間においては、原告は履行担保責任を負わないとの特約があった。

六  停止条件の抗弁

1  被告の主張

被告は、原告との間で、原告が被告に対し請求書及び請求書に関する関係必要書類を提出することを、広告代金支払の条件とする合意をした。

そして、前記一1(一)のとおり、原告は折込広告を各家庭に配布する義務を負っていることからすれば、右にいう関係必要書類とは、新聞販売店が発注どおりの折込広告を宅配したことを原告が証明する文書のことである。

しかるに、原告は折込広告を受領したとする新聞販売店の書類を請求書に添付してきたものの、折込広告を宅配したとの事実を証明する文書を被告に提出していない。

2  原告の主張

広告代金の支払について被告が主張するような条件の合意はしていない。請求書等の提出が条件となっているのは利息を付加することについてである。

仮に、被告が主張するような広告代金の支払条件の合意がなされていたとしても、前記一1(二)のとおり、折込広告の配布に関し原告が義務を負っているのは、折込広告を新聞販売店まで配送し、その折込を依頼することまでであるから、関係必要書類とは新聞販売店が原告から折込広告を受領したことを証明する文書(折込広告受領書)のことであるところ、原告は被告に対し、折込広告受領書を提出した。

七  独占禁止法違反

1  被告の主張

本件契約は、独占禁止法二条九項二号、五号の不当な対価による取引、取引上の地位を不当に利用した取引にあたる行為であるから、無効である。

2  原告の主張

原告は、被告と不当な対価をもって取引したことはないし、自己の地位を不当に利用して取引したこともない。

八  一部錯誤無効

1  被告の主張

前記二のとおり、部数表に記載された数値は宅配部数より二割も大きな数値であり、被告が原告に対し発注した部数のうち二割の折込広告が折込配布されていなかった。ところが、被告は、部数表記載の数値は宅配部数であり、発注部数どおりの折込広告が折込配布されると誤信していた。

そして、広告主が発注した折込広告が全部配布されるのか、それとも一部でも配布されないものがあるのかということは、契約の重要な要素であるというべきである。

よって、本件個別契約中、被告が錯誤に陥って発注した二割の部分は無効であり、原告の本訴請求額の二割相当額一二一八万一七九八円については広告代金請求権は発生しない。

2  原告の主張

前記一1(二)のとおり、原告の債務は、被告から預かった折込広告を被告の指示に従って各新聞販売店に配送し、これを新聞へ折り込んで、配布するよう依頼することであるところ、原告は右債務を履行している。そして、被告においても、この事実自体の認識に齟齬がない以上、錯誤が生じる余地はない。

九  原始的一部無効

1  被告の主張

被告が原告に対し発注した折込広告の部数のうち各新聞販売店の宅配部数を超えた部数は現実に配布することができないのであるから、その部分は原始的に不能である。すなわち、本件個別契約のうち宅配部数を超えた部分は、原始的一部不能として無効である。

そして、前記二のとおり、被告が注文の基礎とした部数表に記載された数値のうち二割が宅配部数を超えた部分であったので、本訴請求のうち二割相当額一二一八万一七九八円については広告代金請求権は発生していない。

2  原告の主張

原告は被告から預かった折込広告を各新聞販売店に配送し、新聞へ折り込んで配布するよう依頼している以上、原始的無効の問題が生じる余地はない。

一〇  相殺の抗弁

被告は、原告に対し、平成七年九月二二日の第三五回口頭弁論期日において、以下の各債権を自働債権とし、原告の本訴請求債権を受働債権とし、その対当額において相殺する旨の意思表示をした。

1  債務不履行に基づく損害賠償請求権

(一) 配布義務違反

(1) 被告の主張

前記一1(一)のとおり、原告には被告が折込を依頼した部数の折込広告を配布すべき義務がある。しかるに、発注部数のうち宅配部数を超えた部数の折込広告が配布されておらず、原告は右義務を怠った。

(2) 原告の主張

前記一1(二)のとおり、原告には、被告が注文した部数の折込広告全てを配布する義務はない。

よって、原告に債務不履行はないから、自働債権たる損害賠償請求権が存在しない。

(二) 部数表提示義務違反

(1) 被告の主張

前記一2(一)、(三)、3(一)のとおり、原告は、被告に対し、適正な部数表を提示する義務(部数調査義務、部数表改訂義務を含む。)を負っていた。しかるに、原告は被告に対し、適正な部数表を提示しなかった。

(2) 原告の主張

前記一2(二)、(四)、3(二)のとおり、原告には、部数表を提示する義務(部数調査義務、部数表改訂義務を含む。)はないし、仮にそのような義務があったとしても、原告は被告に対し、適正な数値を記載した部数表を提示した。

よって、原告に債務不履行はないから、自働債権たる損害賠償請求権が存在しない。

(三) 説明義務違反

(1) 被告の主張

前記一4(一)のとおり、原告は、被告に対し、部数表等に関する説明義務を負っていたにもかかわらず、部数表記載の数値が実際の宅配部数より大きい数値であることを含め説明を怠った。

(2) 原告の主張

前記一4(二)のとおり、原告には、被告が主張するような説明義務はないし、仮にそのような義務があったとしても、原告は、被告に対し、すべての家庭に折込広告を配布するため、部数表は実際の宅配部数よりも多めに設定されていることを説明した。

よって、原告に債務不履行はないから、自働債権たる損害賠償請求権が存在しない。

(四) 右(一)ないし(三)の義務違反によって被告に生じた損害

(1) 被告の主張

被告は、原告が右各義務に違反したことにより、別紙三記載の広告代金(折込料)五億八〇七五万二七四七円及び印刷代五億二四一二万四六九二円の合計一一億〇四八七万七四三九円の二割相当額である二億二〇九七万五四八七円の損害を被った。

(2) 原告の主張

争う。

2  不法行為に基づく損害賠償請求権

(一) 被告の主張

前記一2(一)、(三)、3(一)のとおり、原告には適正な部数表を作成し、これを被告に提示すべき注意義務がある。また、前記一4(一)のとおり、原告には、部数表の部数が各家庭への配布部数と違っている場合には、被告が不測の損害を被ることのないようにその程度及び理由を明確に説明すべき義務がある。しかるに、原告は、被告に対して、二割の水増しをした数値が記載された部数表を提示し、右数値は戸別配達されるべき世帯数であると説明するなど、右義務に違反した。

そして、原告は折込広告業者であり、ABC部数は、その作成手続及び作成目的からして、実際の宅配部数を示すものではないことを知っていたはずであり、そうでなくても知るべきであった。にもかかわらず、原告は、ABCレポートの宅配・非宅配の比率の分析等を何ら行わず、ABC部数に一定の調整を施して部数表を作成したのであり、また、被告に対し、これらの情報について十分な説明もしなかったのであるから、原告には適正な部数表の作成提示等につき過失がある。

そして、被告は、原告が右各義務に違反したことにより、別紙三記載の広告代金(折込料)五億八〇七五万二七四七円及び印刷代五億二四一二万四六九二円の合計一一億〇四八七万七四三九円の二割相当額である二億二〇九七万五四八七円の損害を被った。

(二) 原告の主張

原告には、前記一2(二)、(四)、3(二)のとおり、被告に対して、部数表を提示したり、その内容などを説明したりする義務はない。

原告は被告に対しサービスとして部数表を交付したが、そのようなサービス行為についても、社会的合理性のある部数表を作成し、これを提示したのであるから、原告が不法行為を行ったとはいえない。

3  不当利得返還請求権

(一) 被告の主張

被告は、原告に対し、昭和五九年七月から昭和六三年一二月分の広告代金として、前記第二の二4のとおり、合計五億一九八四万三七五九円を支払った。

けれども、右個別契約は、前記八1及び九1のとおり、一部錯誤無効であるか原始的一部無効であるから、その二割相当額は法律上の原因なくして支払われたものである。

したがって、被告は、原告に対し、支払った右金員の二割に相当する一億〇三九六万八七五二円につき、不当利得返還請求権を有する。

(二) 原告の主張

一部錯誤無効ないし原始的一部無効でないことは前記八2及び九2のとおりである。

一一  反訴請求

1  被告の主張

(一) 右一〇の1、2と同じ。

(二) 被告は、別紙三記載の広告代金総額五億八〇七五万二七四七円と印刷代総額五億二四一二万四六九二円の合計一一億〇四八七万七四三九円の二割相当額である二億二〇九七万五四八七円の損害を被った。

ただし、右損害額のうち六〇九〇万八九八八円は本訴で相殺に供している。

(三) よって、被告は、原告に対し、債務不履行又は不法行為による損害賠償請求権に基づき、右損害のうち相殺に供していない部分の損害金一億六〇〇六万六四九九円のうち一億六〇〇〇万円及びこれに対する反訴状送達の日の翌日である平成三年六月二一日から支払済みまで年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2  原告の主張

争う。

第四  当裁判所の判断

一  本件基本契約締結に至る経緯、交渉経過

前記前提事実(第二の二)、《証拠略》によれば、次の事実を認めることができる。

1  原告は、折込広告を扱う株式会社であり、広告主から折込広告を配布するよう依頼を受けて、新聞販売店に折込広告を持ち込み、新聞に折込広告を折り込んで、戸別配達するよう依頼することを主たる業務としている。そして、新聞販売店は、原告とは全く別個独立の関係にあり、原告が新聞販売店の業務について指示・監督する関係にはない。

2  被告は、昭和三八年に設立された毛皮製品の売買等を業とする株式会社であり、設立されたころから、宣伝の有効な手段として新聞折込広告を活用してきた。

門尾賢一(以下「門尾」という。)は、昭和三九年に被告に入社し、以後、被告の営業関係、企画、生産などの業務に携わるとともに、入社した昭和三九年から被告の折込広告について担当し、原告と本件基本契約を締結する以前においても、広告部門の責任者として、広告会社から部数表を受け取り、配布地域、配布枚数等につき最終的に決定していた。

3  被告は、昭和五八年ころ、広告代理店の電通を通じて、原告と取引していたが、広告代理店が入るとマージンが高くなることもあり、広告業者と直取引することを考えるようになった。そして、被告は、原告が西日本において最大の折込広告業者であると業界内で言われており、様々な相談にも乗ってもらえるのではないかと考えるなどして、西日本地域における折込広告の取扱を原告に依頼することとし、昭和五九年七月ころ、原告との間で、新聞折込広告取扱契約を締結した。なお、当時の原告の担当者は山田賢(以下「山田」という。)であった。

以後、門尾は、本件訴訟が提起される直前まで、部数表には宅配部数が記載されていると考えていた。

4  被告は、東日本地域における折込広告の取扱については読売PRに依頼していた。

ところが、昭和五九年九月から同年一一月初めにかけて、読売インフォメーションサービス株式会社(以下「読売インフォメーション」という。)の営業第二部営業課長佐藤俊夫(以下「佐藤」という。)は、被告が大量の折込広告を配布していることから、被告の折込広告を取り扱うことを望むようになり、数度にわたり、門尾を訪問し、読売インフォメーションに折込広告の取扱を任せるよう勧誘した。その結果、被告は、昭和六〇年三月からの東日本地域における折込広告の取扱を読売インフォメーションに依頼することとし、昭和六〇年二月二五日ころ、被告は同社との間で、新聞折込広告取扱契約を締結した。

5  原告は、昭和六〇年八月一日付けで、被告との間で、本件基本契約に関し、新聞折込広告契約書(以下「本件契約書」という。)を作成したが、その主な内容は以下のとおりであった。

「第一条 甲(被告)は、乙(原告)に対して将来継続して甲の商品販売に関する折込広告を乙に発注し、乙はこれを受諾した。

第二条 乙は甲からの発注に基づき、甲の希望する地域及び日時に希望サイズ、枚数を配布するものとする。

第五条 乙は、甲より受けたチラシを指定新聞販売店に届け、之を折込依頼するのが直接の業務である。新聞販売店においての管理外と認められる時点にて発生した事故等については、甲の代弁者として乙は可能な限り解決のため努力する義務を有する。

(1) 従って直接業務に対して乙の間違いにより万一事故あるときは、乙の責任とする。

(2) 新聞販売店に依頼後において問題が発生し、乙の努力が認められる場合は、甲は乙に対して直接損害請求は行わない。

第七条 代金決済については、次のとおりとする。

(1) 折込広告代金の決済は、乙より甲に対し請求書を交付する。万一内容に疑義がある場合は、すみやかに甲は乙に連絡する。

二  〆日毎月末日、支払日翌々月一〇日手形六〇日をもって甲は乙に支払う。

第一〇条 特約条項

第七条(2)項の条項違反をしたる場合は年六%の利息を付加する。

但し、翌月一〇日迄に請求書及関係必要書類の提出を条件とする。」

二  契約の履行状況

前記前提事実(第二の二)及び《証拠略》によれば、次の事実を認めることができる。

1  原告は、本件基本契約に基づき、昭和五九年七月分から平成元年三月分まで、別紙三記載のとおり、被告から新聞折込広告の発注を受け、折込広告を新聞販売店に持ち込み、折込配布を依頼した。

2  被告は、本件基本契約及び個別契約に基づき、原告に対し、別紙一記載のとおり、昭和五九年七月分から昭和六三年一二月前半分の広告代金として合計五億一九八四万三七五九円を支払った。

3  週刊文春平成元年三月二日特大号は、「部数水増しのサギ商法」の見出しのもと、仙台地区の朝日新聞の販売店主の告発として、折込広告業者の部数表に示されている数値は実配戸別配達部数に比較して二割程度の水増しがあり、新聞販売店は折込広告業者を介して広告主から膨大な手数料を取得していること、大スポンサーだけには手数料の二割カットに応じていること、このことは朝日新聞だけではなく日本全国すべての新聞について同じ実態であることを内容とする記事を掲載した。

被告は、原告及び読売インフォメーションに対して、右記事の真偽についての釈明を求めた。そして、被告が、平成元年三月二九日付け内容証明郵便で部数表記載の新聞販売店の部数水増しの事実の有無につき回答を求めたところ、原告は、同年四月二四日付けの内容証明郵便で、「ABC部数表を基準に新聞折込広告部数表及び近畿部数表を作成する際には、配送等における誤差により、ABC部数表丁度の部数では全家庭に折込広告を配布することが出来ないため、若干の部数の調整をしております。これは折込広告を全家庭に配布するための止むを得ない調整であり、且つ、まさに貴社に対する当社の義務を誠実に果たすための措置であります。」と回答した。しかし、原告が、部数の調整を行っていることを被告に説明したというような主張をすることはなく、また、読売インフォメーションもいわゆる「アローアンス」(折込広告の不足を生じさせないための許容部数)につき説明したと主張することはなかった。

被告は、十分な回答が得られないとして、原告に対する昭和六三年一二月後半分から平成元年三月分までの広告代金合計六〇九〇万八九八八円(別紙二記載のもの)の支払を拒否した。

三  個別契約の締結過程

《証拠略》によれば、次の事実を認めることができる。

1  被告は毎年、冬の毛皮シーズンに折込広告を配布する。原告は、右シーズンの到来前である毎年一〇月ころ、被告に対し、原告が作成した部数表の最新版を交付する。右部数表には、市区郡別に、新聞名、新聞販売店名、各新聞販売店における取扱部数が記載されており、また、「各販売店の部数は毎月僅かながら増減しております。当社はこれに対応するため広告組合の部数資料をもとに年二回および臨時二回の計四回、部数表を改訂し、折込部数の正確さを期しています。」との記載がされている。

2  被告は、右部数表によって、各地域における新聞販売店及び各新聞販売店の取扱部数を知り、他の資料を用いながら、商品の種別、広告予算、広告の効果等を勘案して、広告の対象となる支店ないし催事場所に応じ、配布地域、配布部数、配布日、折り込む新聞等を決定する。

3  被告は、右決定に基づき、被告の支店ないし催事場所ごとに、催事日(売出期間)、配布予定の折込広告の総枚数などを記載したチラシ枚数表を作成し、原告に送付する。その際、被告は、広告を折り込む新聞及び後記5のどのランクの地域に折り込むかを原告に指示する。

4  原告は、チラシ枚数表に記載された被告の支店ないし催事場所ごとの配布予定の折込広告の総枚数を、部数表に記載された各新聞販売店に割り振る。そして、原告は、被告に対し、割振りを終えた割付案(割付表)を送付する。

もっとも、右割振りの作業は、被告の本店または支店長が行うことや原告と被告の従業員が共同して行うこともあった。

5  右割振りの作業を行うにあたっては、地域をA(高級住宅街)、B(普通の住宅街)、C(商店街及び公団関係)、D(工場地帯、官公庁)に分けた表(ランク表)を利用することもあった。右のランク付けは、被告の本部、被告の支店の店長が行うが、大阪・神戸付近や被告の店舗がない場所において展示会を行う場合には、原告にランク付けを依頼することもあった。

ランク表は原告に渡され、右割振りを行う際の参考にされた。

6  門尾が右割付表の内容を確認してその内容を了承すれば、割振りが確定し、配布部数、配布する販売店など折込広告の取扱いに関する具体的内容が定まり、本件個別契約が成立する。

門尾が右割付表の内容を了承しなかった場合は、適宜、折込を行う新聞販売店、部数などに修正を加えて、割振りが確定された。

7  なお、右決定をするにあたっては、各新聞販売店における配布枚数を部数表記載の販売店取扱部数と同数にする場合と、予算、広告効果等を勘案して部数表記載の販売店取扱部数より少ない枚数を配布枚数とする場合とがあった。また、被告は、広告が重複して折り込まれないように配慮して注文していた。

8  被告は、個別契約が成立すると、右契約に従った枚数の折込広告の印刷を印刷業者に依頼する。そして、印刷された折込広告は、印刷業者から原告の配送センターに持ち込まれる。

9  原告は、被告から持ち込まれた折込広告を個別契約の内容に従って各新聞販売店に配送し、各新聞販売店に対し、折込広告依頼書を渡して、折込広告を新聞に折り込んで戸別配布するよう依頼する。新聞販売店は、折込広告を受領すると、広告主名、タイトル、折込指定日、サイズなどと「ご依頼の広告上記のとおり受け取りました。」と記載された折込広告受領書を原告に渡す。

10  原告は、新聞販売店から受領した折込広告受領書を「間違いなく配布を完了しました。」と記載された広告主配布報告書とともに、被告に渡す。なお、近畿地区以外の場合は、原告は、原告と新聞販売店の間の中継社から渡された折込配布証明書を被告に対し交付することもあった。

四  部数表の作成経過

1  折込広告配布の実際

《証拠略》によれば、次の事実を認めることができる。

(一) 被告は印刷業者に対し折込広告の印刷を依頼するが、印刷業者が印刷した折込広告を梱包する際、部数に誤差が生じることがある。

(二) 右の梱包は紐でされているため、印刷業者から原告の配送センターへ配送する際に、梱包の上方や下方の部分に紐が食い込んだり、輸送中の振動による摩擦、歪み等で広告が破損する場合がある。また、配送センターから一定の順路に従って平均五〇店舗前後の販売店に配送する途中でも、同様の破損が生じることがある。そして、各販売店において、梱包を解いて当該販売店の必要部数を抜き取った後、再梱包するが、再梱包するたびに、右のような破損が生じる機会が多くなる。

(三) 原告は、大量の異なった種類の折込広告を平均五〇店舗前後の新聞販売店に配送するが、納品、配達の時間の関係から、各販売店で一枚一枚数えるわけにいかず、経験による目分量で仕分けをして配送するため、誤差が生じる場合がある。

(四) 各新聞販売店においては、折込広告を機械で新聞に折り込む作業が行われるが、その際、機械の調子、紙質の状態、紙のインキの状態などから、広告が重複して折り込まれたり、あるいは破損したりすることがある。

2  社団法人日本ABC協会

《証拠略》によれば、次の事実を認めることができる。

(一) ABC協会は、広告の媒体となる新聞及び雑誌の部数ならびに分布状況等を公正に調査、確認することにより、広告及び宣伝の合理化を図り、もって国民の文化的生活の向上に資することを目的とする通産省認可の社団法人であり、新聞等を発行する会員の新聞等の部数等の公査及び認証、新聞等の部数、分布状況等に関する調査研究を行っている。ABC協会は、新聞発行社、雑誌発行社、広告主、広告業者等を会員とし、原告も同協会の会員である。そして、同協会の会員である新聞発行社は、部数報告を提出し、公査を受けることとなっている。

(二) 部数報告は、新聞社の本社資料に基づき、毎月、販売部数(販売店部数、即売部数、郵送部数)、地域別部数、印刷部数に分けて報告され、このうち販売店部数(新聞発行社が新聞販売店に送付し、その原価を請求した部数)は、毎月、府県市区等行政区画別に一五日付けの部数が報告される。また、販売店別部数として、毎年四月と一〇月の各一五日付けの販売店別の部数が報告される。なお、ABC協会が各新聞販売店から直接報告を受けることはない。

(三) ABC協会では、新聞発行社の部数報告の裏付けを取るため、定期的に部数公査を実施する。部数公査としては、新聞社本社調査、新聞販売店調査、即売業者調査、郵送購読者調査が行われる。

新聞発行社に対する公査(本社調査)は、二年を一周期として全国の新聞社本社を訪問して、売上・請求・入金関係、紙数関係、発送関係等を調査し、部数報告の裏付けを取る。

新聞販売店調査は、本社調査の裏付けとして、任意に選ばれた新聞販売店について行われる。そして、新聞販売店において、新聞発行社の請求書により、毎年四月と一〇月にABC協会に報告されている一五日付けの販売店部数と照合するなどの調査を行うとともに、紙分表、発証一覧表等を種々調査し、その結果、残紙数(新聞販売店が新聞社から有代、すなわち対価を支払って買い取った部数と新聞販売店が読者に販売し代金を請求することが確認された部数の差)も判明する。残紙の割合は、平成八年実施の公査対象全紙(朝刊)を平均すると四・五パーセントであった。

なお、新聞販売店調査を行うことは、約一か月前に新聞社本社に連絡し、三日前以内に新聞販売店に通知される。

(四) ABC協会は、折込広告会社が発行する部数表や、その基礎資料である折込広告組合が発行する折込資料表などの顧客向け部数との整合は公査していない。

(五) 部数公査後、新聞社がABC協会に報告した部数が公査により裏付けられた場合には、ABC協会内の新聞部数認証審議会が部数を認証する。右裏付けができなかったり、販売店到着部数と販売店が読者へ販売した部数との関係が著しく正常でない場合には認証を保留することになっているが、認証保留となる事例はほとんど見られず、また、広告主会員から認証審議会の決定に対して異議が出されたこともない。さらに、昭和五五、六年ころ以降、部数の修正が行われたということもない。

(六) ABC協会は、発行社別レポート、月別レポート、公査レポート、特別資料などの新聞部数レポートを発行して、部数報告及び公査の結果を会員に報告する。新聞部数レポートのうち、特別資料「府県・市区の新聞部数・普及率」は、新聞の販売部数が月間を通じて比較的安定する一五日付けの新聞販売店部数について、平均部数・世帯普及率・府県配分率を新聞別、地域別(府県別、市区別)に分析したものであり、一月から六月と七月から一二月の各六か月について年二回作成される。

(七) ABC協会は、会員以外に対し入手した情報を提供することはなく、会員も、新聞部数レポート及びこれに基づく資料の複製、貸与及び譲渡を行ってはならないものとされている。

また、ABC協会は、会員から請求があっても、販売店別の部数を教えることはしていないし、販売店部数を公表することはしていない。

(八) ABC協会以外に、新聞社や販売店の内部資料の提示を求めて部数を調査する機関は存在せず、また、ABCレポート以外にも新聞の発行部数を記載した資料は種々存在するものの、部数公査が行われているのは、同レポートだけであり、これ以外に正確で信頼できる資料は存在しない。

3  広告組合における部数表作成過程

前記認定の事実及び《証拠略》によれば、次の事実を認めることができる。

(一) 関西地区には、折込広告業者の団体である近畿折込広告組合が存在し、原告も含めた広告業者二五社によって構成されている。

広告組合は、新聞社系統の折込広告業者五社とその他一、二社の折込広告業者からなる調査委員会において、近畿圏の各新聞販売店の取扱部数を記載した新聞折込資料表を作成する。そして、折込資料表の作成手続は次のとおりである。

(1) 広告組合に加盟している広告業者は、系統の新聞社(原告においては、読売新聞社販売店の担当社員)から、新聞社が新聞販売店に販売する新聞の部数(有代部数)を入手する(ただし、これは新聞社ないし新聞社内の販売局から正式に渡されているものではない。)。その際、広告組合が折込資料表を作成する時点に最も近い時期である五日付けの部数(五日定数)を入手する。この五日定数は、新聞社がABC協会に提出する一五日定数とほぼ同数である。

(2) 各広告業者は、入手した各新聞販売店ごとの有代部数の一〇〇部未満の数字を切り上げ、数値を一〇〇部単位に揃える。

(3) 切り上げて一〇〇部単位に揃えたことにより、右切り上げ後の新聞販売店の取扱部数は、広告業者が入手した部数よりも増加することになる。そこで、広告業者は、ABC協会が発行する「特別資料・府県市区別発行部数と普及率」に記載されている府県別の新聞発行部数に一定の数値(調整率。一〇五・九パーセント)を乗じた数値(上限部数)を算出し、府県別に右上限部数を上限として、各新聞販売店の部数を一〇〇部単位に調整し、広告組合に提出する。この場合、一〇五・九パーセントを超えた部数が提出されることもあるが、その場合は、調査委員会でさらに調整される。

(4) 折込資料表は、毎年五月と一一月の二回、広告組合内の調査委員会で定期的に改訂され、作成されるが、定期改訂のほか、二月と八月に、中間の部数修正が行われる。改訂に際しては、新聞販売店からの改訂の申込を広告組合事務局で集約し、調査委員会が各改訂案件につき調査して決定する。

(二) 調整率の設定の理由と数値

(1) 広告組合の折込資料表に記載されている各新聞販売店の取扱部数は、広告業者が新聞社の販売局の担当社員から入手した販売店部数(有代部数)ではなく、それよりも大きい数値が記載されているが、その実質的な理由は以下のとおりである。

折込広告の印刷段階から新聞販売店が戸別配達するに至るまでの過程では種々の誤差あるいはロスが生じること、各新聞販売店の取扱部数は常に変動しているにもかかわらず、部数表は六か月間使用されるので、六か月間の部数変動に対応できる数値を記載する必要があること、折込業務の効率性を高めるため一〇〇部単位で作業がされていること、これらの事情があるため、有代部数をそのまま使用したのでは折込広告に不足が生じ、購読者に配達される新聞の一部に折込広告の折込ができなくなる事態が生じることになる。

しかしながら、折込広告の欠配が生じると、折込広告が宅配されなかった新聞購読者から広告主に連絡が入り、広告主から広告業者にクレームがつき、右クレームがペナルティーや取引中止につながるおそれもある。そこで、折込広告の部数不足により新聞購読者に配達される新聞に広告の折込ができなくなるという事態を回避することが要請されるのである。

(2) もっとも、折込資料表の数値が実際の部数とかけ離れた過大なものとならないように、ABCレポートに記載されている府県別の新聞発行部数に調整率(一〇五・九パーセント)を乗じた数値を上限部数として数値の調整が行われていることは前記(一)のとおりであり、右数値は、作業段階でのロス・誤差、購読部数の変動等を見込んで、経験的に、広告主から折込広告が配布されていない家庭があるなどとの苦情が来ない程度の数値として設定されたものである。

(3) そして、上限部数の設定をABCレポートを基準として行うのは、広告組合では広告業者が提出する部数の正確性を確認する術がなく、ABCレポート以上に客観的かつ正確な資料が他に存在しないからである。

(三) ところで、広告組合がABC部数に基づいた部数表(折込資料表)を作成するようになるまでは、各広告業者が独自に、新聞販売店に問い合わせるなどして部数表を作成していた。

しかし、その報告は、新聞販売店の自己申告によるもので、客観的な裏付けがなく、広告業者が新聞販売店ないし新聞社から新聞販売店の正確な取扱部数を把握することは極めて困難であったため、右部数表は資料として不正確な面があった。

そして、昭和五〇年代になって新聞社系統の広告会社が広告組合に加入するとともに、一方で正確な部数表を要求する広告主が出現するなどの事情があって、昭和五六年一〇月ころ、広告組合が、広告業者を通じて、各新聞社の新聞販売店における販売店部数やABC部数を収集し、これらを基にできるだけ正確で、かつ客観性のある部数表を作成する慣行が次第に定着するようになった。このようにABC部数を使用して部数表を作成するようになったことは、以前の状況に比べると、画期的な出来事であった。

4  原告の部数表

《証拠略》によれば、原告が作成する部数表は、広告組合が作成した折込資料表に記載されている各新聞販売店の取扱部数をそのまま使用して作成されていること、新聞販売店の改廃、団地の完成などの理由で新聞販売店の取扱部数が大幅に増減するときは、原告独自に部数表上の取扱部数の数値を訂正する場合もあることが認められる。

五  原告の部数情報の入手方法

1  広告会社と新聞販売店の関係

《証拠略》によれば、新聞販売店は宅配部数を把握していること、新聞販売店には、順路帳、全戸読者台帳、売上一覧表、紙分け表などの帳簿類が備え付けられており、これらの帳簿を見れば、新聞販売店の宅配部数を把握することができることが認められる。

しかしながら、他方、《証拠略》によれば、個々の新聞販売店の宅配部数は企業秘密とされ、一般に宅配部数が公表されることはないこと、原告には新聞販売店の部数を調査する権限がないこと、実際問題としても、広告会社が新聞販売店に宅配部数を尋ねてもこれを回答する新聞販売店とそうでない新聞販売店があり、広告会社が定期的かつ網羅的に宅配部数を把握することはできないこと、広告会社は新聞販売店が自己申告する部数をそのまま受け入れるしかなく、申告部数の裏付けを取ることができないのが実情であること、また、これを定期的かつ網羅的に実施するとすれば膨大なコストを要することになり、低廉な費用で広範囲に配布することができるという折込広告の意義が減殺されることが認められ、以上認定の事実によれば、広告会社が新聞販売店から正確な販売店部数ないし宅配部数を入手することは、現実には極めて困難であるということができる。

2  広告会社と新聞社の関係

《証拠略》によれば、新聞販売店には、順路帳、全戸読者台帳、売上一覧表、紙分け表などの帳簿類が備え付けられており、これらの帳簿を見れば、新聞販売店の宅配部数を把握することができること、新聞社は新聞販売店に対し、購読者名簿や順路帳を備え付けるよう指導していること、新聞社が新聞販売店に対し業務報告を求めた場合、新聞販売店は新聞社に対して正確に報告する義務があることが認められ、また、《証拠略》によれば、原告は読売新聞社の系統社であって、両者間には、資本関係及び人的関係の上で、密接な関係があることが認められる。

しかしながら、他方、《証拠略》によれば、読売新聞社販売局の担当社員は、新聞販売店が毎月四日ないし五日に出す注文部数から個々の販売店の注文部数は把握しているものの、販売局では、新聞販売店の注文部数の内訳を知らなくても別段問題がないから、各新聞販売店の宅配部数などは把握していないこと、新聞社が新聞販売店を調査するのは新聞販売店が代金の支払を怠ったような例外的な場合に限られていること、販売局は新聞販売店の折込広告については関与していないこと、読売新聞社と原告は独立の経営主体であって、原告が読売新聞社に対し販売店の部数の報告、開示、調査等を求める権限はないこと、このように新聞社も各販売店の宅配部数を把握していない以上、原告に対しては注文部数(有代部数)しか教えようがないことが認められる。

また、《証拠略》によれば、原告が、読売新聞社以外の新聞社の系列の新聞販売店の宅配部数を網羅的に把握することは不可能であると認められる。

以上認定の事実によれば、原告が新聞社を通じて新聞販売店の宅配部数を把握することは現実には極めて困難であったということができる。

3  新聞公正取引協議委員会

《証拠略》によれば、新聞業における景品類提供の制限告示、新聞業における景品類の提供の禁止に関する公正競争規約、新聞業における特定の不公正な取引方法(特殊指定)及び実施要綱の円滑な運営を図るため、新聞公正取引協議委員会が設置され、その下に地区新聞公正取引協議会(地区協)が、地区協の下に支部新聞公正取引協議会(支部協)が、支部協の下に地域別実行委員会が設置されていること、支部協事務局は、新聞販売店を訪れ、紙分け表、順路帳、本社請求書等の必要な書類の提示を求め、押し紙、積み紙等の有無をはじめとする販売店の部数調査を行うこと、調査結果は非公開であり、原告が調査票を入手することは不可能であることが認められる。

六  配布義務について

前記認定の事実及び《証拠略》によれば、原、被告間の本件契約書第二条には「原告は被告からの発注に基づき、被告の希望する地域及び日時に希望サイズ、枚数を配布するものとする。」と記載されていること、被告が原告と本件基本契約を締結した目的は、折込広告を各家庭に配布することにより、折込広告を消費者の目に触れさせ、被告の商品を購買してもらうことにあることが認められる。

しかしながら、被告が原告と本件基本契約を締結した目的が折込広告を各家庭に配布することにより、折込広告を消費者の目に触れさせ、被告の商品を購買してもらうことにあるとしても、右契約目的から直ちに原告が折込広告を新聞購読者に配布する義務があるということはできず、原告が右の義務を負うか否かは、原告と被告との間の契約内容によって決せられる問題である。

そして、前記認定の事実によれば、原告は、広告主からの折込広告の配布を新聞販売店に取り次ぐこと、具体的には、新聞販売店に折込広告を持ち込み、新聞に折込広告を折り込んで、戸別配達するよう依頼することを主たる業務としており、さらに進んで、折込広告を購読者に配達することまでは業務として行っていないこと、現実に折込広告を新聞に折り込み、戸別配達するのは、原告とは全く別個独立の関係にある各新聞販売店であるところ、原告は各新聞販売店に対し、指示・監督する関係にはないことが明らかであるから、このような業務実態や、原告と新聞販売店との関係からすれば、被告が原告に対し各新聞販売店まで折込広告を配送し、かつ、各新聞販売店に対して、新聞に折り込んで、購読者に戸別配達するよう取り次ぐことを委託し、原告がこれを引き受けることが本件基本契約の内容であったと考えるのが相当である。そして、本件基本契約につき作成された本件契約書第五条に「原告は、被告より受けたチラシを指定新聞販売店に届け、之を折込依頼するのが直接の業務である。」と記載されているのは、本件基本契約の内容が右に述べたようなものであることを端的に表したものであるということができる。

もっとも、本件契約書第二条には、「原告は被告からの発注に基づき、被告の希望する地域及び日時に希望サイズ、枚数を配布するものとする。」と記載されているが、これは原告の業務が折込広告の配布を行う業務の一過程に属することを示したものに過ぎず、これをもって、原告が折込広告を新聞購読者に配布する義務までを負っていると解することはできないものというべきである。

したがって、原告は、被告の折込広告を新聞販売店まで配送し、各新聞販売店に対して、新聞に折り込んで新聞購読者に戸別配達するよう依頼する義務を負担しているものの、被告が主張するように、折込配布を約束した枚数の折込広告を各家庭に折込配布するまでの義務は負担していないものというべきである。

七  部数表提示義務について

1  前記認定の事実によれば、原告が部数表を提示しない限り、被告は、各地域における新聞販売店、各販売店の取扱部数を知ることができない結果、配布を依頼すべき新聞販売店、その新聞販売店に依頼する折込広告の部数を決定することができないのであるから、部数表は本件個別契約の締結に必要不可欠な資料であるということができる。よって、原告は、被告に対し、本件基本契約の付随的義務として、各新聞販売店の取扱部数を記載した部数表を提供すべき義務を負担していたものというべきである。もっとも、本件契約書中(甲一)には部数表を提示する義務について何らの記載もないけれども、だからといって、原告が部数表提示義務を負担していないことにはならない。また、被告が部数表記載の部数以下の部数で個別契約を締結することがあったことは前記認定のとおりであるけれども、この事実をもって部数表が必要不可欠な資料ではないということはできないから、原告が部数表提示義務を負うとの右判断を左右しない。

2  ところで、原告が被告に対し、毎年一〇月ころ、最新版の部数表を提示していたことは前記認定のとおりである。しかしながら、原告が被告に対し部数表を提示していたとしても、原告が提示した部数表の内容が適正妥当なものでない限り、部数表提示義務を完全に履行したとはいえない。そこで、原告が提示した部数表の内容が適正妥当であったかについて、以下検討する。

(一) 広告組合は、広告組合に加盟している広告業者が系統の新聞社(原告においては読売新聞社販売局の担当社員)から入手した有代部数を一〇〇部単位に切り上げて数値の調整を行い、折込資料表を作成すること、数値の調整はABCレポートに記載されている府県別の新聞発行部数に一定の数値(調整率)を乗じて算出された数値を上限として行われていること、原告は広告組合が作成した折込資料表に記載されている数値をそのまま使用して部数表を作成していることは、前記認定のとおりである。

(二) ところで、広告主が折込広告という手段を用いて商品等の広告を行うのは、折込広告が新聞に折り込まれ、新聞購読者の目に触れることにより、新聞購読者が広告主の商品を購入するなどの行動に出ることを期待しているからにほかならない。そして、右のような目的を達成するために部数表も使用されるのであるから、部数表に記載される新聞販売店の取扱部数も宅配部数が記載されるのが最も望ましいということができる。

他方、原告は、広範囲にわたる地域内に存する相当多数の新聞販売店の取り扱う新聞及び取扱部数が記載され、かつ、多数の広告主が使用することができるような部数表を作成して、これを広告主に提示することが必要であるところ、そのためには新聞販売店の取扱部数についての情報を網羅的かつ継続的に入手できることが前提条件であり、かつ、部数表は、入手した部数についての情報の正確性を担保することができるような方法で作成されることが要請される。

(1) ところが、原告が、新聞販売店、新聞社、ABC協会、新聞公正取引協議委員会(地区協、支部協を含む。)から、新聞販売店の「宅配部数」についての情報を網羅的に入手することは現実には極めて困難であること、新聞販売店の取扱部数について原告が網羅的に入手することができるのは、読売新聞社の販売局の担当社員から入手する五日定数の有代部数だけであること、読売新聞社以外の新聞社の新聞販売店の取扱部数についての情報を入手することは不可能であることは、いずれも前記認定のとおりである。このような新聞販売店の取扱部数についての原告の情報収集能力を前提とすると、原告が行っている部数表の作成手続は、網羅的かつ継続的に取扱部数を入手する方法としては十分合理性を有するものであるというべきである。

(2) この点、被告は、有代部数の中には宅配部数のほかに予備紙、一括売り、店頭即売分、積み紙、押し紙などが含まれているから、有代部数を基準として作成された部数表は適正であるとはいえないと主張する。

しかし、(1)で述べたような原告の情報収集能力、とりわけ原告が新聞販売店の取扱部数の内訳を知ることは極めて困難であることからすれば、有代部数を基準として作成されたということから直ちにその部数表が適正なものでないということはできず、折込資料表の作成の基礎となる有代部数が宅配部数とあまりにかけ離れているため、部数表作成の基礎情報としての用をなさないほど不合理なものであると認められる場合にはじめて、部数表の内容が適正妥当を欠くことになるというべきである。そこで、有代部数と宅配部数の差が不合理なものと認められるかにつき検討する。

《証拠略》によれば、販売店部数(新聞販売店が代金を支払って新聞社から購入する新聞の部数のこと。有代部数、取り紙部数も同義である。)には、現実に宅配される部数(宅配部数・戸別配達部数)のほか、新聞販売店による配達中に生じる新聞の破損・汚染、配達ミス等の事故に備え、新聞社から買い取る「予備紙」、ホテル、コンビニエンスストアなどに対しある程度まとまった部数を一括して販売する「一括売り」、新聞販売店の店頭で販売する「店頭即売分」、新聞社の激しい販売拡張競争の結果、新聞社が各新聞販売店に対し注文部数を超える多数の新聞の引取りを強要する「押し紙」、各新聞販売店が自ら自己の販売店で必要とされる部数を超えて注文する「積み紙」が含まれることが認められる。

しかしながら、《証拠略》によれば、「予備紙」及び「店頭即売分」の部数はいずれも極く僅かであることが認められる。

次に、《証拠略》によれば、ホテルあるいはコンビニエンスストアに対し、新聞販売店が一定の部数の新聞を販売することがあることが認められるけれども、他方、《証拠略》によれば、読売新聞社では、新聞販売店のような実配業者が販売する実配と新聞販売店を通さずに即売業者が販売する即売とを分離する実即分離が基本的に行われていることが認められるほか、読売新聞の即売業者である株式会社大読社の年商及び取引先からすれば、「一括売り」分の販売店部数に占める割合は、部数表の作成を不合理なものとするほどのものではないと推認することができ、これらの事情も考えると、「一括売り」の存在が、本件部数表の数値につき宅配部数とかけ離れた不合理な結果を招来するとまで認めることはできない。

また、《証拠略》によれば、新聞社間で激しい販売拡張競争が行われ、その中で「押し紙」あるいは「積み紙」というものが存在し、新聞業界では長年にわたり新聞正常化問題が話題に上っていたことが認められる。しかしながら、《証拠略》によれば、「押し紙」及び「積み紙」は不公正な取引方法として容認されていない上、「押し紙」及び「積み紙」は新聞販売店の無用な経済的負担となり、経営を圧迫するものであることが認められるのであって、このような「押し紙」や「積み紙」が一般的に新聞販売店において存在するとは考え難いのであるから、このような例外的事象が一部で存在するとしても、それが部数表の数値を不合理なものにするほど多量に上っていると考えるのは困難というべきである。

(3) そして、前掲証拠によれば、折込広告は、各販売店において戸別配達される新聞にもれなく折り込まれ、配布されるという点が一つの特質であり、くまなく配布されることは一般的には広告主の意向にも適い、また、新聞購読者もそのように期待し、新聞販売店も、広告主から特別の指示がない限り、そのように取り扱うのが通常であると判断しているものと認めることができる。また、前記認定のとおり、折込広告の欠配が生じると、折込広告が配布されなかった購読者から広告主に連絡が入り、広告主から広告会社にクレームがつくことがあり(《証拠略》によれば、門尾も欠配が生じたときに原告に対しクレームをつけたことがあることが認められる。)、このようなクレームがペナルティーや取引中止につながるおそれもあること、折込広告の欠配が生じると、折込広告が配布されていないのではないかとの疑念を広告主に抱かせることになるため、折込広告制度の信頼を維持するためにも欠配を避ける必要があることからしても、広告会社としては、折込広告に不足を生じて購読者に配達される新聞に広告の折込ができなくなるという事態を回避することが要請されているものというべきである。

ところが、折込広告の印刷段階から新聞販売店が戸別配達するに至るまでの過程においては、種々のロス・誤差等が生じること、各新聞販売店の取扱部数は常に変動しているにもかかわらず、部数表は六か月間使用されるので、六か月間の部数変動に対応することができる数値を記載する必要があること、折込業務の効率性を高めるために一〇〇部単位で作業がされていること、これらの事情から、有代部数をそのまま使用したのでは折込広告に不足が生じ、購読者に配達される新聞に広告の折込ができなくなる事態が生じることは、前記認定のとおりである。

以上の点からすれば、数値の調整を行うこと自体は、広告の折込ができなくなることを防ぐためのやむを得ない措置として十分合理性を有するものというべきである(たとえ、被告がくまなく配ることまで求めていなかったとしても、それ故に、数値の調整を行うことが不合理なものとなるわけではない。)。

(4) 折込資料表が広告会社が新聞社から入手した有代部数を基礎資料として作成されていることは前記認定のとおりであるところ、右有代部数については、その正確性は具体的に担保されていない。その上に前記ように数値の調整を行うとなると、部数表の取扱部数はより宅配部数とかけ離れた数値になる。そこで、前記認定のとおり、広告組合はABC部数を基準として上限部数を設定することにより、その正確性を担保しようとしている。

そして、<1> ABCレポートは新聞発行社及び新聞販売店において帳簿類を調査するなどの公査を行い、認証を得て、新聞社が協会に報告した部数の裏付けを取った上で、作成、発表されたものであり、その内容の信用性は高い上、ABC協会以外に新聞社や販売店の内部資料の提示を求めて部数を調査する機関は存在しないこと、ABCレポート以外にも新聞の発行部数を記載した資料は存在するものの、部数公査が行われているのはABCレポートだけであり、これ以外に正確で信頼できる資料は存在しないことは、いずれも前記認定のとおりであるし、<2> 広告組合がABC部数に基づいた部数表(折込資料表)を作成するようになるまでは、各広告業者が独自に新聞販売店に問い合わせるなどして、独自に部数表を作成していたが、その報告は新聞販売店の自己申告によるもので客観的な裏付けがなく、また、広告業者が販売店の正確な部数を把握することも極めて困難であったため、部数表は資料として不正確な面があったところ、広告主から正確な部数表を要求する声が高まったことから、広告組合が広告業者を通じて新聞社から有代部数やABC部数を入手して部数表を作成するようになったことも前記認定のとおりであって、このようなABC部数の信頼性及び正確性の高さ、他に正確で信頼できる資料が存在しないこと、ABC部数を使用して折込資料表を作成するに至った経緯からすれば、ABC部数を基準にして設定した上限部数の範囲内で各新聞販売店の取扱部数を設定することは、部数表の正確性を担保する方法として合理的なものであるということができる。

なお、この点につき、被告は、ABCレポートは新聞紙上広告のためのものであって、折込広告のためのものではないから、ABC部数を基準として部数表を作成することには合理性がないと主張する。確かに、ABC協会の公査は新聞部数等のために行われているものであって、折込広告のために公査を行っているものでないことは前記認定のとおりであるし、新聞広告と折込広告では購読者の目に触れる部数も異なるのであるから、ABCレポートを折込広告の部数の正確性を担保するために使用することはいわば便乗であるニいえなくもないが、しかし、右認定のとおり、ABC部数を使用して投込資料表を作成するようになった経緯や正確性を具体的に担保する他の手段が存在していないという現在の状況の下では、ABC部数を使用して折込資料表を作成することは、なお十分合理的なものというべきである。

(5) 以上のとおり、部数情報の網羅的かつ継続的な入手可能性、部数の正確性の担保可能性、折込広告の特質、折込広告の配布の実態、折込資料表が作成されるに至った経緯からすれば、広告組合が、入手した有代部数を基にして、ABC部数に一定の数値を乗じた上限部数の範囲内で各新聞販売店の取扱部数を算出し、原告がこれを基に部数表を作成することは合理的であるというべきであり、数値の調整方法に他に不合理な点が存しない限り、部数表は適正妥当なものというべきである。

(三)(1) 広告組合が府県単位で一〇五・九パーセントの調整率を乗じて算出した上限部数の範囲内で、数値を調整して部数表を作成していることは前記認定のとおりであるところ、被告は、上限部数を設定する際に府県を単位とすることは不合理であると主張する。しかし、市区単位で調整して部数表を作成する方がより正確な部数表を作成することにつながるとしても、《証拠略》によれば、行政区画と新聞販売店の配布区域とは必ずしも一致していないことが府県単位で調整していることの理由になっているものと認められ、このことも考慮に入れると、府県単位で部数を調整することが調整の方法として不合理なものであるとまでいうことはできない。

(2) また、被告は、調整率を一〇五・九パーセントとすることに何ら合理的な根拠はないと主張する。確かに、調整率の数値をどのように定めるかは困難な問題ではあるが、前記のとおり、折込広告の欠配を生じさせないようにするため、販売店で折込広告が不足するのはどの程度の場合か、広告主から折込広告が配布されていない家庭があるなどとの苦情が寄せられるのはどのような場合かなどを経験に基づいて判断し、その結果調整率を一〇五・九パーセントであるとしたものであり、このことをもって直ちに不合理であるとまでいうことはできない。

(四)(1) 被告は、部数表記載の新聞販売店取扱部数と宅配部数との間に相当数の差があると主張し、これに沿う《証拠略》を提出している。そして、購読新聞調査集計表には、調査世帯数は四九一〇世帯であり、部数表記載の取扱部数一〇〇〇部のうち推計六四三部しか宅配されていない旨の記載がある。

しかし、《証拠略》によれば、京都市支部公正取引協議会事務局が実施した部数調査によると、平成二年一一月分は八六四部(朝刊)、同年一二月分は八八八部(朝刊)が宅配部数であると認められ、右推計結果とは大きな差がある上、右証拠によれば、販売区域内の世帯数も七一九四世帯となっており、前記集計表記載の調査世帯数と大きな差があることが認められるのであるから、右集計表の調査結果をそのまま採用することは困難である。

(2) 次に、被告提出の《証拠略》には、調査結果の分析として、部数表記載の取扱部数九〇〇部のうち推計七〇一部しか宅配されていない旨の記載がある。

しかし、宅配部数中には、各家庭への配布分のみならず、官公庁、事業所等への配布分が含まれていなければならないところ、《証拠略》によれば、右調査結果には官公庁が含まれていない上、事業所についても有意的な差が生じない程度までの調査が行われているか疑問であること、ABCレポートと比較して世帯普及率に相当程度の差があることが認められ、また、《証拠略》によれば、神戸阪神支部公正取引協議会事務局が実施した読売新聞芦屋販売所部数調査では、平成五年二月分の宅配部数(朝刊)は一七〇五部、部数表記載の取扱部数は一八〇〇部となっていることが認められる。このように被告の提出証拠による芦屋付近の調査結果には、正確性に疑問が残る上、支部協の実施した調査結果とも相当程度の乖離がある。そして、《証拠略》によれば、芦屋販売所の配達地域には変遷があることが認められるが、この点を考慮に入れてもなお、被告が主張する芦屋調査の結果と支部協の調査結果とは相当程度の乖離があることは否めない。これらのことからすれば、前記芦屋付近の調査結果をそのまま採用することは躊躇せざるを得ない。

(五) 以上によれば、ABC部数を基準に上限部数を画して作成された折込資料表と同じ数値を使用し、作成されている本件部数表は、適正妥当なものということができる。

八  部数調査義務、改訂義務について

1  原告は、部数表提示義務を具体的に履行する前提として、部数調査義務、部数表改訂義務を負担しているというべきである。

2  原告が、新聞販売店または新聞社から、新聞販売店の宅配部数を網羅的に入手することや、新聞販売店、新聞公正取引協議委員会(地区協、支部協を含む。)またはABC協会から新聞販売店の販売店部数を網羅的に入手することは極めて困難であること、新聞販売店の取扱部数について原告が網羅的に入手することがができるのは読売新聞社の販売局の担当社員から入手する五日定数の有代部数だけであることは、既に判示したとおりである。以上からすれば、情報入手が困難な立場にある原告としては、販売店部数(五日定数)を基礎とし、ABCレポートを使用して正確性を担保しつつ、数値の調整を行って部数表を作成することをもって、部数調査義務の履行を果たしていたものと解するのが相当である。

3  また、折込資料表は、毎年五月と一一月の二回、定期的に改訂して作成され、定期改訂のほか、二月と八月に中間の部数修正が行われていること、原告は、右折込資料表を使用して、定期的に年二回と臨時に年二回の計四回、部数表を改訂していることは、既に判示したとおりであるところ、部数表作成に要する期間を考慮すれば、右程度の改訂にとどまることはやむを得ないものというべきであるから、原告には、部数表改訂義務の不履行はないものというべきである。

九  説明義務について

1  部数表が折込広告の配布地域、配布部数等の決定に必要不可欠な資料であることは前記認定のとおりであるところ、広告主としては、右部数表に記載された新聞販売店の取扱部数は、別段の説明等がない限り、宅配部数であると判断するのが極めて自然なことであると考えられる(取扱部数が一〇〇部単位で記載されているからといって、概数表示であることから多少の誤差があることは認識できるものの、その数値が宅配部数であると考えることの妨げとはならない。)。そうすると、部数表上の新聞販売店の取扱部数が宅配部数と異なった部数を示している場合には、広告業者としては、部数表の作成過程を詳細に説明することまでは必要でないとしても、広告主が配布部数や広告代金の額など個別契約の要素といえる事項を決定するにつき、これに影響を与えるべき最小限の事項については、広告主に対して説明すべき義務があるというべきである。そして、本件基本契約締結当時においては、本件訴訟で問題となっているような部数表の数値に関する問題が意識されていなかったことも考え合わせると、原告は被告に対し、部数表上の新聞販売店取扱部数が宅配部数でないこと、くまなく配布するために一定の数値の調整を行っていること、調整している概括的な数値の程度について最小限説明すべき義務があったというべきである。

2  《証拠略》によれば、読売インフォメーションの当時の営業第二部営業課長佐藤は、昭和五九年九月から同年一一月初めにかけて、数回にわたり、門尾を訪問し、読売インフォメーションとの間で折込広告取扱契約を締結するよう勧誘したことが認められる。そして、右証拠によれば、佐藤は、読売インフォメーションが被告に対し広告代金の支払を求めた訴訟(東京地方裁判所平成元年(ワ)第一三一九〇号、広告代金請求事件、平成三年(ワ)第七八四八号、損害賠償等反訴請求事件)の証人尋問において、「右の勧誘を行う際に、折込機械を使用することによるロスと配送の積卸しの段階でのロスが一パーセントくらいあり、一〇〇パーセント配布するということは難しいこと、部数表に示された数値には実配数の一〇パーセントくらいのアローアンスが含まれていること、端数が出ると一〇〇単位での数字を表示していることを門尾に対し話した、部数表上の数字の集計の過程を含めどのように部数表を作成したかについても説明した、門尾はこれらについて了承していた」などと証言したことが認められ、また、門尾は昭和三九年から被告において折込広告の業務を担当し、原告と本件基本契約を締結する前も広告部門の責任者として、広告会社から部数表を受け取り、配布地域、配布枚数等につき最終的に決定していたことは前記認定のとおりであるところ、これらの証言及び認定事実からすれば、佐藤が門尾に対し、部数表の作成過程の概略と、部数表の取扱部数は宅配部数とは異なった数値であることなどを説明したと認めることもできそうである。

しかしながら、他方、《証拠略》によれば、東京折込広告組合がABC部数を利用して部数表を作成するようになったのは、昭和五六年一〇月であること、読売インフォメーションにおいて、営業部から来た仕事を新聞販売店に対し依頼する業務など折込に関する連絡業務を取り仕切り、かつ、部数表を作成しているのは媒体部(旧称、連絡部)であること、読売インフォメーションの従業員である庭山康裕は、昭和五六年五月に連絡部、平成三年から同四年まで媒体部に所属し、媒体部の部長を経験した者であるところ、同人は、折込広告は取り紙全部に入れるものであり、折込広告の折込部数というのは取り紙であると理解していること、しかし、実際には、折込広告は取り紙全部には入れないこと、読売インフォメーションにおいては、営業担当者に対し、広告主を訪れる際、アローアンスの説明や部数表の作成過程を広告主に説明するよう特に指導していないこと、庭山は、営業担当者は部数表の数字が取扱部数であるのか宅配部数であるのかやアローアンスの数値については知らないと認識していることが認められるところ、(一) 庭山は、ABC部数表を利用して部数表を作成するよりも前の昭和五六年五月から平成四年まで、媒体部(旧称、連絡部)に所属しており、部数表については最も理解している立場にあったにもかかわらず、かかる立場にある者でさえ、折込広告は取り紙全部に入れるものであると誤解している上、営業担当者は部数表の数字が取扱部数であるのか宅配部数であるのかやアローアンスの数値については知らないと認識していること、(二)読売インフォメーションにおいては、営業担当者に対し、アローアンスや部数表の作成過程を広告主に説明するよう特に指導していないのに、営業担当の佐藤が指導も受けずに、門尾に対し、部数表に記載された新聞販売店の取扱部数が宅配部数を示していないことや部数表記載の数値の意味、さらに部数表上の数字の集計の過程を含めどのように部数表を作成したかについて説明した、あるいは、これらのことを説明することができたと断定するには疑問が残ること、(三) さらに、被告が原告及び読売インフォメーションに対し広告代金の支払を拒絶するようになったのは、週刊文春に、折込広告業者の部数表に示されている数値には実配戸別配達部数に比較して二割程度の水増しがあるとの記事が掲載されたことを契機としていること、そして、被告が、原告及び読売インフォメーションに対し右記事の真偽につき釈明を求めた場合でさえ、原告及び読売インフォメーションは、数値の調整を行っていることは既に説明済みであるとの指摘をしていないこと(いずれも前記認定のとおり。)、以上の諸点をも指摘することができるのであって、右(一)ないし(三)の事情を合わせ考えれば、前記佐藤の証言内容を直ちに信用することには躊躇を感じざるを得ない。

3  また、証人前田は、本件訴訟後、原告の当時の担当者である福光から、福光がABCの数字に一〇五パーセント台を掛けていると被告に説明した旨を聞いたと証言するけれども、右証言は伝聞であり、福光が説明した相手、説明をするに至った経緯、説明内容など何ら明らかでないこと、また、昭和六二年一月ころから原告の担当者であった証人村井自身、部数表の数値は各家庭に配布する部数と認識し、そのように説明していると証言していること、証人前田自身も、折込広告会社の営業社員は通常部数表作成手続を知らされていないと証言していることも考えると、前田の右証言は直ちに信用することができない。また、仮に、福光が右のような説明を行っていたとしても、《証拠略》によれば、福光が被告との取引の担当者であったのは、原告が東京営業所を開設した昭和六二年終わりころから平成元年三月までであると認められるから、被告が原告と契約を締結するか否かの意思決定をするにあたって右説明を判断材料に用いることができたとはいえず、右説明は意味のないものである。

4  そして、他に、原告が被告に対し、前記説明義務を尽くしたことを認めるに足りる証拠はないから、原告には説明義務の不履行があったといわざるを得ない。

一〇  広告代金の算定基準及び支払期日について

1  算定基準

原告は、被告から依頼を受けて、被告の折込広告を新聞販売店まで配送し、各新聞販売店に対し、広告を新聞に折り込んで、新聞購読者に戸別配達するよう依頼する義務を負担していること、他方において、折込配布を約束した枚数の折込広告を各家庭に折込配布する義務までは負担していないことは、前記認定のとおりであり、また、《証拠略》によれば、被告が原告に支払った広告代金は折込配布を依頼した枚数に単価を乗じた額であることが認められる。これらの事実からすれば、原告と被告との間には、被告が原告に対し折込広告の配布を依頼した部数に折込広告単価を乗じた金額をもって広告代金の額とする旨の合意があったというべきである。

なお、被告は、広告契約が、消費者への広告の到達を目的としている以上、新聞販売店が実際に配布した折込広告の枚数に単価を乗じた金額をもって広告代金の額とすべきであると主張する。しかしながら、広告代金の額及びその算定方法は契約内容によって定まる事柄であるところ、原、被告間の契約内容は右に認定したとおりであるし、また、新聞販売店が実際に配布した折込広告の枚数を調査することは不可能であり、このように調査の不可能な数値を広告代金額の算定の基準とすることはできないのであるから、被告の右主張は採用することができない。

2  支払期日(遅延損害金の起算日)

《証拠略》によれば、原告と被告との間で、昭和六一年一一月分から、毎月二〇日と末日の二回締めとし、二〇日締めのものは翌々月の一〇日、末日締めのものは翌々々月の一〇日に現金で支払うとの合意がされたことを認めることができる。

これに対し、被告は、折込広告を毎月末日に締め切り、この折込広告代金の累計額を翌々月一〇日に、起算日を同日、満期日を起算日から三か月後とする約束手形で支払うとの約定であった旨主張し、本件契約書の第七条には、「〆切毎月末日 支払日翌々月一〇日 手形六〇日をもって被告は原告に支払う。」との記載があり、証人門尾も、支払方法は原則として右のとおりであると証言する。しかしながら、前掲証拠によれば、被告は、昭和六一年一一月分以降、一か月分を二回に分けて支払っていること、原告も、毎月二〇日と末日の二回締めとすることを前提とする請求書を作成していたことが認められるのであり、このことからすると、被告の右主張を採用することはできない。

一一  媒体手数料制度について

原告、被告及び新聞販売店が媒体手数料制度の下で取引を行っていたと認めるに足りる証拠はない。

一二  準問屋としての履行担保責任について

1  原告が、新聞販売店との間の折込広告委託契約を、自己の名をもって、かつ、被告の計算において締結したことは当事者間に争いがない。よって、原告は準問屋であると認められる。

この点につき、原告は、いったん準問屋であることを認めたが、<1> それは契約の法的性質という法律上の意見の陳述であるから自白にあたらない、<2> 原告は被告の名において各新聞販売店との間で折込広告の配布を取り次いだのであるから、右陳述は、真実に反する陳述で錯誤に基づいたものであるから、自白を撤回し否認すると主張する。

しかしながら、原告は、口頭弁論期日において、「被告は原告に対して、被告のために新聞販売店との間で広告委託契約を締結するよう依頼する。原告はこれを受け、自己の名において新聞販売店と広告委託契約を締結する。新聞販売店は原告との右契約に基づき広告を露出、即ち、原告のチラシを新聞に折込配布する。」(第三準備書面)と主張しており、これをもって、法律上の意見の陳述であるとはいえないし、また、本件全証拠によっても、原告が新聞販売店との間の契約を、自己の名をもってしなかったと認めることはできず、かえって、《証拠略》によれば、原告は、自己の名をもって、新聞販売店と契約を締結したことが認められるのであるから、原告の右主張はいずれも採用することができない。

2  右に述べたとおり、原告は準問屋であると認められるが、他方、本件契約書第五条には、「原告は被告より受けたチラシを指定新聞販売店に届け、之を折込依頼するのが直接の業務である。(1) 従って直接業務に対して原告の間違いにより万一事故あるときは、原告の責任とする。」との記載があることは前記認定のとおりであり、右記載からすれば、商法五五八条によって準用される同法五五三条但書の「別段ノ意思表示」があったと認めることができる。よって、原告は、履行担保責任を免除されたものというべきである。

一三  停止条件の抗弁について

1  《証拠略》によれば、被告は原告との間で、原告が被告に対し請求書及び請求書に関する関係必要書類を提出することを広告代金支払の条件とする旨の合意をしたと認めることができる。

この点につき、原告は、請求書等の提出は利息を付加することについての条件であると主張するけれども、広告代金の支払について請求書等の提出を条件とせずに、利息の支払についてのみそれらの提出を条件とするとは考えられず、原告の右主張は採用しない。

2  被告は、関係必要書類とは、新聞販売店が発注どおりの折込広告を宅配したことを原告が証明する文書のことであると主張し、証人門尾の証言及び被告代表者尋問の結果中には、右主張に沿う供述がある。しかしながら、原告は、被告から依頼を受けて、被告の折込広告を新聞販売店まで配送し、各新聞販売店に対して、新聞に折り込んで新聞購読者に戸別配達するよう依頼する義務を負担しているものの、折込配布を約束した枚数の折込広告を各家庭にまで配布する義務は負担していないことは前記認定のとおりであり、このことからすれば、関係必要書類について被告が主張するような文書を指すものと解するのは困難であり、かえって、原告が主張するように、関係必要書類とは新聞販売店が原告から折込広告を受領したことを証明する文書であると解するのが相当である。前記各供述は採用しない。

3  そして、《証拠略》によれば、原告は被告に対し、請求書及び新聞販売店が原告から折込広告を受領したことを証明する文書(関係必要書類)を提出したと認めることができる。

一四  独占禁止法違反について

被告は、本件契約は、独占禁止法二条九項二号、五号の不当な対価による取引あるいは取引上の地位を不当に利用した取引にあたるから、無効であると主張する。しかしながら、原告が、不当な対価をもって取引したことや取引上の地位を不当に利用して被告と取引したと認めるに足りる証拠はない。

よって、右主張は理由がない。

一五  一部錯誤無効について

部数表上の販売店欄の部数は宅配部数そのものではなく、一定の調整を行った上での数値であったにもかかわらず、被告の担当者である門尾は、右販売店欄部数を宅配部数であると考えて、本件基本契約及び個別契約を締結したことは前記認定のとおりである。しかしながら、このような認識の齟齬はいわゆる動機の錯誤にあたると解されるところ、門尾が部数表上の販売店欄部数が宅配部数を示していることから本件契約を締結する旨を原告に対して表示したとの事実を認めるに足りる証拠はない。

よって、錯誤無効の主張は理由がない。

一六  原始的一部無効について

原告が折込配布を約束した枚数の折込広告を各家庭に配布する義務までは負担していないことは前記認定のとおりであるから、折込広告のうち購読者に配布されないものがあったとしても、そのことをもって、債権の目的である給付の一部が原始的に不能であると考える余地はない。よって、この点に関する被告の主張は採用しない。

一七  相殺の抗弁について

1  原告に被告に対する説明義務の不履行があったことは、前記九で既に判示したとおりであるから、原告は右不履行によって被告が被った損害を賠償すべき義務を負う。以下、右損害額について検討する。

この点につき、被告は、原告作成の部数表には二割の水増しがあり、原告が説明義務を履行していれば、昭和五九年七月分から平成元年三月分までの広告代金と印刷会社に対し支払った印刷代との合計の二割相当額を支払わずに済んだのであるから、右二割相当額が損害額であると主張する。

しかしながら、《証拠略》によれば、被告において折込広告は宣伝の手段として極めて重要なものであることが認められ、この事実からすれば、被告としては原告に対して依頼しなくても他の広告会社に折込広告の取扱を依頼せざるを得ないものと考えられるところ、既に認定したところによれば、他の広告会社が使用している部数表も、原告が使用している部数表と同じく広告組合が作成した折込資料表を使用して作成されていると推認することができるのであるから、被告としては、原告から一定の説明を受けていたとしても、宅配部数を超えていると考える部数の発注を減らすという方法を取るしかなく、現に、《証拠略》によれば、本件訴訟後は被告が部数表の部数と宅配部数の差であると考える二割前後の部数を減らして発注していることが認められる。以上によれば、被告が原告の説明義務違反により被った損害は、説明を受けていれば減らして発注することができた部数の広告代金と印刷代の合計額であるということができる。

そして、原告が被告に対し負担していた説明義務の内容は前記認定のとおりであるから、原告が説明義務を履行したとしても、被告としては、有代部数に五・九パーセントを乗じて部数の調整がなされていること、有代部数には予備紙などが若干含まれていることを認識し得たにとどまるものと認められ、諸般の事情を考慮すれば、被告が原告に対する注文を減ずることができたのは七パーセント程度に過ぎないと認めるのが相当である。

よって、原告の説明義務不履行と相当因果関係にある損害は、昭和五九年七月分から平成元年三月分までの広告代金総額五億八〇七五万二七四七円と被告が印刷会社に対して支払った印刷代総額五億二四一二万四六九二円との合計一一億〇四八七万七四三九円の七パーセントに相当する七七三四万一四二〇円である。

2  ところで、被告は、別紙一記載のとおり、本件基本契約及び個別契約に基づき、原告に対し、昭和五九年七月から同六三年一二月前半分の広告代金として五億一九八四万三七五九円を支払ったことは当事者間に争いがないところ、前記一〇の2の認定事実からすれば、右代金は遅くとも平成元年二月一〇日までに支払われたものと推認することができる。

また、被告が、昭和五九年七月分から同六三年一二月前半分の折込広告の印刷代として、印刷会社に対し、四億七一一四万四三六一円を支払ったことは前記認定(第二の二5)のとおりであるところ、右認定事実及び弁論の全趣旨によれば、右印刷代は遅くとも平成元年二月一〇日までに支払われたものと推認することができる。

そして、右広告代金と印刷代との合計額(九億九〇九八万八一二〇円)の七パーセントに相当する金額は六九三六万九一六八円となるから、被告は原告に対し、前記債務不履行に基づき、平成元年二月一〇日までに、六九三六万九一六八円の損害賠償請求権を取得したことになる。

他方、原告の広告代金請求権の金額・弁済期等は別紙二記載のとおりであるから、被告の右損害賠償請求権(六九三六万九一六八円)と原告の広告代金請求権(六〇九〇万八九八八円)とは、相殺適状になった平成元年三月一〇日、同年四月一〇日、同年五月一〇日、同年六月一〇日にそれぞれ遡って対当額において差引計算されるから、原告の広告代金請求権は右各時点において消滅したことになる。したがって、原告が請求する右広告代金請求権に対する商事法定利率年六分の割合による遅延損害賠償金も発生しないことになる。

よって、原告の被告に対する広告代金請求権(六〇九〇万八九八八円)及びこれに対する遅延損害金請求権が相殺によって消滅する。

一八  反訴請求について

1  原告に被告に対する説明義務の不履行があったことは前記のとおりである。

2  そして、前記一七で述べたとおり、原告の説明義務の不履行によって被告が被った損害は七七三四万一四二〇円であると認められるところ、このうち六〇九〇万八九八八円についての損害賠償請求権が相殺によって消滅したことも右一七で述べたとおりである。

3  よって、被告は、原告に対し、右相殺後の残額である一六四三万二四三二円の損害賠償請求権を有することになる。

一九  結論

以上によれば、原告の本訴請求は全部理由がないからこれを棄却し、被告の反訴請求は、一六四三万二四三二円及びこれに対する反訴状送達の日の翌日である平成三年六月二一日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余の部分は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条、六四条を、仮執行宣言につき同法二五九条一項を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 石井寛明 裁判官 石丸将利)

裁判長裁判官 鳥越健治は、転任のため、署名押印することができない。

(裁判官 石井寛明)

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